NAFL別館対策問題集 よくある質問 | ||
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| p.17 | P17の上の表は、 「日本語母音の精密表記」の表と言えばいいのでしょうか? それとも、 「日本母音の異音」の表と言えばいいのでしょうか? この表が掲げられている意味、目的がよくわからず、 ご教示いただければ幸いです。 | 対策問題集P17の上の表は、日本語の基本母音と(主に非母語話者が発する) 母音の異音を比較する表とお考え下さい。 p.16にありますように、こちらは基本母音の簡略表記です。 「精密表記」とは補助記号なども含めた記号になり、母音の精密記号については、 p.13-14に説明がありますのでそちらをご参照ください。 p.17の表ですが、「イ」に、円唇前舌高(狭)母音がありますが、 このように「イ」が円唇化されることは通常の発話ではほとんどありません。 実際に「イ」を円唇で発音してみてください。不自然な印象があるかと思います。 しかし、日本語母語話者でないとこのような発音をすることもあり、 テキストにも書いてありますように試験にも出題されております。 このように、発音される可能性のある音の表を日本語の基本の母音と共に 書いた表になります。実際に比較して発音してみると違いがよりお分かりになるかと 思います。 |
| p.25 | ネオ方言と新方言の違いについて教えて下さい。 用語集も見ましたが、どちらも標準語と方言の接触からなるとあり区別が難しいです。 | ネオ方言とは、真田信治によって称された標準語と方言の接触によって生まれた中間的なスタイル、 標準語の干渉を受けている「中間形」のことを言います。 例えば、標準語「来ない」に対応する阪神地域の伝統的な方言は「けーへん」ですが、 「こない」の干渉をうけ若年層を中心に「こーへん」という形が現れています。 この「こーへん」を真田はネオ方言と称しており、従来の方言、標準語とも異なる「スピーチスタイル」 であると説明しております。 一方「新方言」とは、若い人が今まで標準語になかった語彙を方言などから取り入れて使う現象で、 井上史雄によって指摘された方言の使われ方です。井上は特に以下の点をその条件としてあげて おります。以下はNAFL16巻 P.77からの引用になります。 1・世代が若いほど使用が多い 2・共通語とは語形が異なる 3・改まった場面では使いにくい この「共通語とは語形が異なる。」と言う点が特徴であり、既存の言語規則から逸脱した形、 規範的ではないことをであるこを、主に使用する若者も意識しているので、 スピーチスタイルではなく(主に仲間内の)くだけた表現となります。 P.25 問題4では「若い世代で」「共通語とは異なる」という点がキーワードとなり、 「新方言」が正解になります。 |
| p.42 | 日本人でも小さな子が「サンタさん」→シャンタシャン」、「トショカン」→「トチョカン」、「タベヤスイ」→「タベヤチュイ」のように発音するように思いますが、これは外国の人が間違うのと同じ誤りですか? | 学習者と小さな子供の発音上の間違いですが、 個々の現象を分析すると、誤りの原因は異なると考えられます。 子音は以下の3点によって分類され、発声されます。 1・調音点 2・調音法 3・声帯振動の有無 この3点のどこの誤りなのかという点をまずは整理するとよいでしょう。 「サンタさん」を「シャンタさん」のまちがいは、 「サ」が「シャ」になってしまっている間違いですね。 ですから、声帯振動の有無のまちがいではなく、 調音点か調音法のまちがいになります。 つまり「さ」を発音するときの舌の位置(調音点)が間違っているか、 「さ」を発音するときの発音方法(調音法」が間違っているか、の誤りです。 実際にご自身で「さ」と「しゃ」を発音してみて、 舌の位置や発声方法を確認してみましょう。 「しゃ」を発音したときの方が舌が後ろにあるのではないでしょうか。 ですから、調音点の違いが発音上の誤りと考えられます。 しかし、ここで注意したいのは実際に近藤さんが発音した場合も 学習者が発音した場合も母語が定着した「大人」が発声しています。 子供の場合は、まだ言葉を発声するという動作そのものが定着(上達)しておらず、 当然母語も定着していません。その場合は、まだ口の中で思うように舌を動かせない、 「自由に立ったり座ったりできない」というレベルと同じレベルの間違いであることも 考えられます。 しかし、学習者の場合は母語が定着しています。 ですから、口の中で舌を動かすことができないことは考えられませんが、 日本語とは異なる言語が母語として定着しているので、今まで動かしたことがない舌の動きがができない、 または母語にある似たような舌の動きで代用している、ということが考えれます。 このように学習者の発音上の誤りは、母語に影響されることが多いようです。 ただ、拗音、長音、撥音などは、どの学習者も共通して困難さを感じていますので、 日本語はどのように発声されているのかという点を、子音は1・調音点 2・調音法 3・声帯振動の有無 で整理して考えるのがよいでしょう。 |
| p.48 | 問題2文の構造:なぜ答えは山狩りと手足なのですか? | (1) この問題は語の意味を考えてみましょう。意味を簡単に示すと以下のようになります。 a. 山狩り・・・〈山〉で鳥獣を捕まえること / 山で犯人などを捜すこと b. 魔女狩り・・・〈魔女〉を捕まえること c. 紅葉狩り・・・〈紅葉〉を見に行くこと d. 鹿狩り・・・〈鹿〉を捕まえること このようにしてみると、b~cは、「狩り」の前の言葉(〈 〉で囲った部分)が ヲ格になっているのに対し、aの〈 〉部分は狩りをする場所、デ格になっています。そのため、aだけが異なるのです。 (2) この問題では複合名詞と複合名詞に含まれる語との関係を考えてみましょう。 a. 頭髪 b.足首 d. 福耳 は、いずれもその語に含まれる「頭」「足」「耳」の下位語、つまり、頭髪は頭を表す概念の一部、足首は足を表す概念の一部、福耳は耳を表す概念を形成するものの1つに含まれているという関係になっています。 しかし、c.手足は、「手」の下位語でも「足」の下位語でもなく、同じレベルの名詞が連なっている構成の複合名詞になっています。そのため、4つのうち異なるのはc手足ということになります。 |
| p.49 | 問題4 c,eが正規の用例ではないということですが、見分け方を教えてください。 | まず「中」については接尾語である「中」はアスペクトを表します。 また、「中」は漢語の動作名詞(動作を表す名詞)に付きます。 つまり ・今~ている、というアスペクトの意味を表す ・漢語の動作名詞につく という2点で正規の用法であるかどうかを判断します。 ですから、選択肢e「故障中」の「故障」は動作ではなく、 状態ですから、正規の用例とはいえない、ということになります。 もう1つのc「考え中」ですが、 これに関しても「考え」は漢語ではありませんから、 正規の用例とはいえない、ということになります。 ただ、「考え中」という言い方もありますが、 ×「食べ中」×「読み中」などと言えないように、 動詞の連用形が「~中」と結びつくことはできません。 ですから、「考え中」については、文法の形式上「正規の用法」とは 言えないということになります。 |
| p.49 | 問題4 ~中 の正規の用例とはなんですか? 今~している。今~の最中という意味と理解してeのみ正解と考えました。 | まず「中」については接尾語である「中」はアスペクトを表します。 また、「中」は漢語の動作名詞(動作を表す名詞)に付きます。 つまり ・今~ている、というアスペクトの意味を表す ・漢語の動作名詞につく という2点で正規の用法であるかどうかを判断します。 ですから、選択肢e「故障中」の「故障」は動作ではなく、 状態ですから、正規の用例とはいえない、ということになります。 もう1つのc「考え中」ですが、 これに関しても「考え」は漢語ではありませんから、 正規の用例とはいえない、ということになります。 ただ、「考え中」という言い方もありますが、 ×「食べ中」×「読み中」などと言えないように、 動詞の連用形が「~中」と結びつくことはできません。 ですから、「考え中」については、文法の形式上「正規の用法」とは 言えないということになるのです。 |
| p.50 | 「文法」・「文体」 問題7(受身)問1 選択肢(a)が「間接目的語が受け身の主語になったもの」に該当するのはなぜでしょうか。 (a) 山下選手は国民栄誉賞を贈られた 上記を能動文にすると、 (総理は)山下選手に国民栄誉賞を贈った、となり 国民栄誉賞を間接目的語として受身の主語とするならば 国民栄誉賞は山下選手に贈られた となる。(a)の山下選手は国民栄誉賞を贈られた とは文が異なり問題の趣旨と合わなくなる。ヒントが「無生物が主語となる」ならば、 (a)の受身文は、国民栄誉賞は山下選手に贈られた とすべきではないでしょうか。 | 「(a) 山下選手は国民栄誉賞を贈られた」は、能動文に直すとご指摘のように、「(内閣総理大臣は)山下選手に国民栄誉賞を贈った」となります。そして、この文には直接目的語と間接目的語という2つの目的語があります。直接目的語は「~を」が付く語、間接目的語は「~に」が付く語ですから、当該文における直接目的語は「国民栄誉賞」、間接目的語は「山下選手」です。そのため、ご指摘の「国民栄誉賞は山下選手に贈られた」という文は「直接目的語が受身の主語になったもの」ということになります。一方、「(a)山下選手は国民栄誉賞を贈られた」という文は「間接目的語=山下選手」を主語にして作る受身文ですから、これは解答通り「間接目的語が受け身の主語になったもの」ということになります。 また「無生物が主語となる」という記述は、「間接目的語が受身の主語になるもの」のヒントではなく、直接受身の中には、主語が人ではなく、無生物が主語になるものもあるという文脈で書かれていますので、もう一度問題文を確認して頂ければと思います。 |
| p.50 | 問題7【受身】解説も読みましたがスッキリわかりません。もやもやしています。 直接受身については、わかりました。間接受身について教えてください。 直接受身以外が、すべて間接受身ですか? 迷惑の受身、無情(非情)の受身は間接受身ですか? 「花子が太郎に足をふまれた」のような持ち主の受身は、直接受身、間接受身のどちらですか? 問題のaからfはそれぞれ次のようでよいですか? a.間接受身 b.直接受身 c.間接受身 はた迷惑の受身 d.直接受身 e.間接受身 f.間接受身 非情の受身 | 問題7の問題文を丁寧に読み込むことで解決しそうな部分もありますので、改めて問題文を確認してみましょう。 まず、問題文冒頭にあるように、受身は大別すると直接受身と間接受け身の2種類です。そのため、「直接受身以外が、すべて間接受身か?」というご質問の答えはYesということになります。 次に、「迷惑の受身、無情(非情)の受身は間接受身ですか?」というご質問についてです。まず、非情の受身についてですが、これは問題文において、直接受身を説明している中で「無生物主語の例も認められる」として挙げられた受身の種類ですので、これは直接受身ということになります。「f 聖書は世界中の人々に読まれている。」というのがその例になるわけですが、これは能動態に直すと「世界中の人々が聖書を読んでいる。」となり、「聖書」という能動態における目的語が受身文では主語になっていることからも、非情の受身が直接受身に分類されることがわかります。 一方、迷惑の受身と呼ばれる受身文は間接受身です。問題文の2段落目にあるように、間接受身文には自動詞から派生したものと他動詞から派生したものがあります。 自動詞から派生したものは有名な例として「(私は)雨に降られた」(「降る」が自動詞)という文があります。この文には対応する能動文がありません。無理に作ろうとすると能動文は「雨が私に降った」となるわけですが、「雨が降った」というのは「私」に向けられたものではなく、ただ「雨が降った」という事象が起こっただけです。しかしこの事象を日本語では「私」を主語として受身文にし、「迷惑」の意味が示せるわけです。つまり、「雨が降った」という事象から「間接」的に「私」が迷惑を被っていることを表すことができるわけです。ですからこのタイプの受身文は間接受身、また迷惑の受身と呼ばれています。 間接受身文のもう一つのタイプは他動詞から派生したもので、この受身文については問題文に「後者に顕著なのは、その多くの例で主語と目的語の間に「所有者―所有物」の関係がある」とあります。これは「持ち主の受身」と呼ばれることもある受身文です。そして、この「持ち主の受身」の例が質問で示して下さった「花子が太郎に足をふまれた」のような例文です。この例文は能動文にすると「太郎は花子の足をふんだ」となりそうですが、これを受身文にすると本当は「花子の足は太郎に踏まれた」と「花子の足」という「物」が主語になるはずです。それを「花子」という「花子の足」の所有者を主語におき、受身文を作っているわけです。「太郎は花子の足をふんだ」の直接受身の形は「花子の足は太郎に踏まれた」となりますから、所有者を主語として受身文になっている「花子は太郎に足を踏まれた」は間接受身なわけです。 例文a-fの受身文の種類ですが、b-fまではお示し頂いたもので合っています。「a 山下選手は国民栄誉賞を贈られた」に関しては、これは直接受身の中の「間接目的語が受身の主語」になるタイプの例文です。能動文に直すと「(内閣総理大臣が)山下選手に国民栄誉賞を贈った」となり、この文における直接目的語は「国民栄誉賞」、間接目的語は「山下選手」です。そして、間接目的語である「山下選手」を主語にすると、「山下選手は(内閣総理大臣から)国民栄誉賞を贈られた」という文が作られ、この例文は「受動態の目的語が受身の主語になる」、という直接受身の条件を満たしているわけですから、aは直接受身ということになります。 |
| p.51 | 問題8(10)(11) ニ使役もヲ使役も可能な文の場合、ニ使役の方が(許可・放任)の意味で、ヲ使役の方が(強制)の意味で解釈されやすいといわれていることにも関係していると思われる。と答えにありますが、違いがよくわかりません。 「兄が私を駅へ行かせた。」「兄が私に駅へ行かせた。」という場合、どちらも強制に感じられます。 また、例文の「花を咲かせた。」の使役形が他動詞の代わりをしているということが、なぜヲ使役の方が強制の意味で解釈されやすいということに関係するのかもわからないので、教えてください。 | まず「例文の「花を咲かせた。」の使役形が他動詞の代わりをしているということが、なぜヲ使役の方が強制の意味で解釈されやすいということに関係するのか」というご質問にお答えします。まず、「花を咲かせた」の使役形が他動詞の代わりをしていると考えると、使役文で使われる「を」も他動詞文で使われる「を」と同じ役割をしていると考えることができます。そして「に」についても同じように他動詞文で使われる場合と同じ役割をしているとして、ニ使役文、ヲ使役文の構造を見ることができます。これを踏まえ、他動詞文で使われるヲ格、二格を比べてみましょう。 ① 太郎 が 箱 を 壊した。 ② 太郎 が 箱 に 触った。 「を」が使われている ①の文では、太郎の動作が箱に及んで、箱が壊れるという変化が起こっています。一方「に」が用いられている ② では、動作は箱に及んでいますが、箱が変化したかどうかは分かりません。つまり、他動詞文において「動作が対象に及び、かつ変化する」場合に「を」が使われます。「を」というのは主体が対象に変化をもたらすほどの動作をする際に使われるわけですね。 これを使役文にあてはめて考えると、被使役者をマークするのに「を」を使うことで「使役者が被使役者に変化をもたらす」ことを表すわけですから、「強制」の意味を持つことがうなずけるでしょう。一方、ニを用いる場合はこのように「使役者が被使役者に変化をもたらす」ことを必ずしも意味しませんから「許可・放任」の意味になりやすいというわけです。 例えば、 ③私は子供を留学させた。 ④私は子供に留学させた。 という文を比べると、③の方は、「私」が子供の留学を願っていて、「私」の意志のもとに「留学させた」という強制のニュアンスを感じませんか。一方、④の方は子供の方が留学を願っていて「私」がそれを許可しているようなニュアンスになるかと思います。 確かに挙げて下さった「兄が私を駅へ行かせた。」「兄が私に駅へ行かせた。」という例だと「を」と「に」の違いを感じにくいですが、例えば同じ文構造でも以下のような例文にするとどうでしょうか。 ⑤母は子供をトイレへ行かせた。 ⑥母は子供にトイレへ行かせた。 この二つの例文を見てみると、⑤の方は、「後で子供が行きたいというと困るから今行かせておこう」という母親の判断で、子供をトイレに行かせている感じがしませんか(強制)。一方、⑥の方は、子供自身がトイレに行きたくなり、母親に行ってもいいか確認し、母親がそれを許可してトイレへ行かせているニュアンスを感じるかと思います。 このように単文で文脈を想像しやすい文においては自動使役文のヲ使役とニ使役のニュアンスの違いが感じ取れるのではないかと思います。 ただ、使役文が強制のニュアンスになるのか、許可・放任の意味になるかの違いは、「に」か「を」という助詞の選択だけで決まるわけではありません。例えば、前後の文脈(「色々と心配はあったが、私は子供に留学させた。」)や、修飾語(「母は「嫌がる」子供を学校へ行かせた」など。)などで許可の意味なのか、強制の意味なのかを明確にすることもあるでしょう。また、例えば「留学させてあげた/くれた/もらった」などのように授受動詞を用いて、それが「許可」の意味であることを示す場合もあるでしょう。 ですので、自動詞使役文におけるヲ使役は強制の意味合い、ニ使役は許可・放任の意味合いというのはあくまでそう解釈され「やすい」ということであって文によってはそこまでの顕著な違いが出るわけではないことも覚えておいて頂ければよいかと思います。 |
| p.52 | 問題9 【連体修飾の形態】 解答をみましたがわかりません。テキストは10巻11章を読んだのですが。 かろうじて、(1)だけは解答をみて、「せっかく」が副詞で名詞を修飾しているということなのかと考えましたが、正しいですか? | それぞれの解説について、少し説明を付け加えます。 (1)は〇〇さんのお考えのように「せっかく」が副詞で名詞を修飾している点です 。 「せっかく」は普通「せっかくあげたのに~」「せっかく買った本を~」など、連用修飾をする副詞です。 それに「の」をつけて「せっかくの○○」と名詞を修飾させています。 副詞は上の例のように「の」をつけて名詞修飾として使う例外もありますが、基本的に副詞は連用修飾(動詞・形容詞・形容動詞を修飾する)しかしません。 (2) 解答であるa)「連体形を使うところを連用形からの派生名詞を使っている」について 普通、名詞が連体修飾に使われる時は「名詞+の」の形になります。 解説にある「一見、名詞とは思えない語」というのは (2)の「多くの人」の「多く」です。もともとはイ形容詞「多い」ですから、 イ形容詞が名詞修飾をする際は「大きい人」のようになるはずですが、 「多い」は「多い人」とはならず、連用形「多く」から派生した派生名詞「多く」を用いて 「多くの人」という「名詞+の」の形になっているという点を注意しなければなりません。 (3) 解答であるd)「連体形の形がその品詞としては特殊」について ここでいう「連体形の形がその品詞としては特殊」というのは(3)の「同じ」です。 「同じ」はナ形容詞として扱われますが、本来ならナ形容詞の連体形は「有名な人」「きれいな女性」というように「~な」の形になります。 しかし、「同じな人」とはいいません。「同じ」についてはテキスト11「日本語の文法―応用」39ページに詳しくありますので、ご覧ください。 (4) 解答であるb)「連用修飾句として使うのがふつう」について ここでいう連用修飾句は(4)「1キロ」を指します。 (1キロもらった、「もらった」という動詞を修飾しています。) 日本語ではこのような数量の表現は連用修飾語として働きますが、 多くの外国語では連体修飾語として働きます。例えば、英語では、 I have two books. →「two」は「books」を修飾(連体修飾) となりますが、日本語では、以下のような語順になります。 わたしは本を2冊もっている。→「2冊」は「もっている」を修飾(連用修飾) その点がなかなか理解しにくいので注意が必要です。 |
| p.53 | (8) 「事」の意味ですが、1は考えるという動作の意味があって、他は事柄ですることは出来ないとの解説でした。そうならば、2は約束する事、3は心配する事になり、これらも動作の意味があることになりませんか? 良く理解できないので、解説を宜しくお願い致します。 | 「考え事をする」と言えても「心配事をする」と言えないことと、 とても関係があります。 1以外は、「~した/しているコト」と置き換えられ、 ご質問にありますように「約束事」なら「約束する・したコト」、 「心配事」なら「心配しているコト」という意味になります。 しかし、1は「考えているコト」を「考え事」というのではなく、 「考えている動作」を「考え事」というのです。 例えば、「今何してるの?」と、動作を問う質問に対して、 「料理」とか「ジョギング」とか言えるように「考え事」と答えることもできますね。 「考え事をしているの。」とは答えられても 「心配事をしているの。」と答えるのは不自然であることにも関係しています。 しかし、今ちょうど友達Aと明日の待ち合わせの約束をしている、 というところに他の友達Bから電話がかかって来て、「今何してるの?」と聞かれても、 「Aと約束事をしているの。」とは言えません。 「約束事」というのは、「約束しているという動作」のことではなく 「約束したコトガラ」のことをいうからです。その他も同様のことが言えるでしょう。 |
| p.54 | 文法・語彙の(13)(15)が分かりません。 後ろの解説を読むと (13) 「家が貧しいので彼はアルバイトをしている」と言いかえられる。他は「~に関して言えば」と書いてありますが、 3番も「家が遠いのでわたしは通勤に時間がかかる」となり、「~関して言えば」の分は成立しないように感じるのですが。 (15) 1「その薬で頭が良くなる」・・・◯ 2「その本で元気がでる」・・・◯ 3「その料理で父が作った」・・・× は、分かるのですが、 4.5は、解説にある「その~で」「それでもって」という文が作れないのですが、どのように考えたらいいのでしょうか。 内の関係、外の関係というのも、どういう意味か分からず、もう少し詳しく教えて頂ければと思っています。 | 問題についてそれぞれご説明します。 問題(13)について 1.日本は山が多くて平地が少ない。 2.桜の木は毛虫がつきやすい。 3.わたしは家が遠いので、通勤に時間がかかる。 4.彼は家が貧しいのでアルバイトをしている。 5.外国はまだ行ったことがありません。 文頭の「Xは」に対しての文末を見てみましょう。 1.日本は~少ない。 2.桜の木は~つきやすい。 3.わたしは~かかる。 4.彼は~(アルバイトを)している。 5.外国は~ありません。 こうしてみると、4だけが主述の関係になっていることがわかると思います。4以外は、「Xは」の部分は主語ではありません。この点をp.87の解説で「トピック」と述べおります。 「は」の用法については、10巻 『文法の基礎』p.55以降にも詳しく述べられておりますのであわせてご確認ください。 問題(15)について 連体修飾の構造をみるためには、文にしてみましょう。 1.頭がよくなる薬 →薬で頭がよくなる 2.元気がでる本 →本で元気がでる 3.父が作った料理 →父が料理を作った 4.それができないわけ →わけによってそれができない 5.わたしが日本へ来た目的 →目的によってわたしは日本へ来た この中で、3のみが名詞を元の文に戻すことができています。それ以外は、「~で」「~により」などの言葉を使って補足することによって文にすることができています。 この選択肢3のように、元の文に戻すことができる連体修飾節を「内の関係」といい、戻すことができない連体修飾節を「外の関係」と言います。また「外の関係」の連体修飾節の特徴に、その名詞の内容そのものを説明している点があります。 ここで「薬」「本」「わけ」「目的」を見ますと、先行している連体修飾節が後続する名詞の内容を説明しています。しかし、「父が作った料理」については、「父が作った」という事実を説明しているだけであって、「どんな」料理なのかはこの文からは分かりません。 ここからも3のみが「内の関係」であることも分かります。 連体修飾節については、10巻『文法の基礎』p.125以降もご確認ください。 |
| p.54 | 文法.語彙問題の(13)(15)(20)(21)をもっと詳しく解説していただけませんか? (15)4それができないわけと5わたしが日本にきた目的はどう言い換えることができるのですか? | 問題(13)について 1.日本は山が多くて平地が少ない。 2.桜の木は毛虫がつきやすい。 3.わたしは家が遠いので、通勤に時間がかかる。 4.彼は家が貧しいのでアルバイトをしている。 5.外国はまだ行ったことがありません。 文頭の「Xは」に対しての文末を見てみましょう。 1.日本は~少ない。 2.桜の木は~つきやすい。 3.わたしは~かかる。 4.彼は~(アルバイトを)している。 5.外国は~ありません。 こうしてみると、4だけが主述の関係になっていることがわかると思います。4以外は、「Xは」の部分は主語ではありません。この点をp.87の解説で「トピック」と述べおります。 「は」の用法については、10巻 『文法の基礎』p.55以降にも詳しく述べられておりますのであわせてご確認ください。 問題(15)について 連体修飾の構造をみるためには、文にしてみましょう。 1.頭がよくなる薬 →薬で頭がよくなる 2.元気がでる本 →本で元気がでる 3.父が作った料理 →父が料理を作った 4.それができないわけ →わけによってそれができない 5.わたしが日本へ来た目的 →目的によってわたしは日本へ来た この中で、3のみが名詞が元の文に戻すことができています。それ以外は、「~で」「~により」などの言葉を使って補足することによって文にすることができています。 この選択肢3のように、元の文に戻すことができる連体修飾節を「内の関係」といい、 戻すことができない連体修飾節を「外の関係」と言います。また「外の関係」の連体修飾節の特徴に、その名詞の内容そのものを説明している点があります。 ここで「薬」「本」「わけ」「目的」を見ますと、先行している連体修飾節が後続する名詞の内容を説明しています。しかし、「父が作った料理」については、「父が作った」という事実を説明しているだけであって、「どんな」料理なのかはこの文からは分かりません。 ここからも3のみが「内の関係」であることも分かります。 連体修飾節については、10巻『文法の基礎』p.125以降もご確認ください。 問題(20)「くらい」について 選択肢1と3は、その程度が低いことを意味しています。1は、他のことができなくても、最低限電話はできるだろうという意味、3は他のことは無理でも、最低限そのことだけはやって下さいという意味になります。2や5は、逆にその程度が高い場合です。2は息子が最も、一番無精者だという意味になります。5は、「あれ」が「英語が話せる」と自分が考える望ましいレベル(程度)を意味しています。これら4つはいずれも、程度が低い、高いということを表しています。 一方、4の場合は単純に「彼女の歳」を「娘」のそれと比較して、大体同じという見当をつけているだけで、程度が低い、高いということは表していません。 問題(21)について 「れる・られる」には、1・可能 2・自発 3・受身 4・尊敬の用法があります。 以下に例を示します。 例1 スマホがあれば、映画やテレビなどなんでもみられる。 例2 この料理を食べると自然に故郷が思い出される 例3 突然知らない人に声をかけられた。 例4 部長は、この映画を見られましたか。 この「可能」の意味の場合は、「(~を)~ことができる」と置き換えることができます。そこで選択肢を見ると、2以外は「可能」の意味であることが分かります。2の自発の意味で使われる動詞は、「思い出される」「しのばれる」「感じられる」など「自然にそう感じる」という意味の動詞に限られます。 |
| p.55 | (24)(能動分の構造) 87ページ解答に 3:「犬がヒロシの右手をかんだ」は、「ヒロシの右手が犬にかまれた」とは言わないとありますが ほかの<人のもの、こと>を~するという文を入れ替えてみると 2 山田のプレゼンテーションが部長にほめられた 3 おじいちゃんのめがねが孫にこわされた 5 味方の弾薬庫が敵軍に爆破された 2と5は普通に言うと思うのですが… | まず、(24)の回答を確認しましょう。解答にあるように、1-5の受身文のうち、1のみが能動文にしたときの構造が異なるのですね。 1.わたしは外国人に道を聞かれた。 ⇒(能動文)外国人がわたしに道を聞いた。 2.山田は部長にプレゼンテーションをほめられた。 ⇒部長が山田のプレゼンテーションをほめた。 3.おじいちゃんは孫にめがねをこわされた。 ⇒孫がおじいちゃんのめがねを壊した。 4.ヒロシは犬に右手をかまれた。 ⇒犬がヒロシの右手をかんだ。 5.味方は敵軍に弾薬庫を爆破された。 ⇒敵軍が味方の弾薬庫を爆破した。 1の受身文は直接受身と呼ばれる受身文で、主語と二格を入れ替えれば能動文になる構造になっています。一方、2,3,4,5は1のような構造になっておらず、能動文にしたときに「〈人のもの、こと〉を~する」という文になるのですね。このように、直接受身のように目的語が主語になるのではなく、文の中に登場する物の「持ち主」が主語になる受身は「持ち主の受け身」と呼ばれています。 確かにご指摘のように、2-5の文も物を主語として 2 山田のプレゼンテーションが部長にほめられた 3 おじいちゃんのめがねが孫にこわされた 4ヒロシの右手が犬にかまれた 5 味方の弾薬庫が敵軍に爆破された ということも「可能」です。つまり、2-5の文は文法的に「非文」ではありません。ただし、これらの文は成立はするものの、やや外国語の直訳のような印象を受け、実際に使う場面が少し想像しにくくないでしょうか。それはなぜかというと「ほめられた」ことや「こわされた」「かまれた」「爆破された」という被害を人に伝える時にはその称賛を受けた直接の対象(プレゼンテーション、めがねなど)よりも「ほめられた」人物や被害を受けた人物を中心として語る傾向にあるからだと思われます。それが解説で示された「「ヒロシの右手が犬にかまれた」とは言わない」の意味です。つまり「言わない」というのは非文であるということではなく、「特殊な状況でない限りあまり使われない」ということです。 例えば、2の場合、山田さんに起こった出来事としてほめられたことを語るなら、「山田はプレゼンテーションを部長にほめられた」となるかと思いますが、もし「たくさんのプレゼンテーションの中で山田さんのプレゼンテーションがほめられた」という文脈で語るなら、おそらく「山田のプレゼンテーションが部長にほめられた」となるでしょう。 同じように、4についてもヒロシに起こった出来事して犬にかまれたことを語るなら「ヒロシは右手を犬にかまれた」となりますが、もし、色々な人の手や足などが次々と犬にかまれるという状況があって、右と左どちら側のどの部位がかまれたのかということが重要な文脈ならば「(今度は)ヒロシの右手が犬にかまれた・・・」などといえるでしょう。ただ、このような状況はなかなか想像しづらいですよね。ですから、「ヒロシの右手は犬にかまれた」は普通は「言わない」というわけです。 ご質問の中では、2と5は普通に言うのではとご指摘されていますが、おそらくそれは、2と5の状況においては3,4の状況と比べて「山田」や「味方」という〈人〉よりも「山田のプレゼンテーション」や「味方の爆薬庫」という〈物〉に注目し、それを中心として語る場面が想像しやすいからだと思います。 |
| p.61 | 【語彙・意味/問題2 問1(5)】 対策問題集の解答解説p.89にこの問題の答えは、「寒い」とあるのですが、なぜ「冷たい」ではなく答えは「寒い」になるのか分かりません。教えてください。よろしくお願い致します。 | ご質問の文に答えを入れてみますと、以下のようになるかと思います。 【「冷たい水」「冷たい氷」とはいえるが「寒い水」「寒い氷」とは言えないから、「寒い」はもっぱら気体にしか使えないことがわかる】 「水」「氷」というのはそれぞれ液体、固体ですよね。そして、このように液体、固体を表す名詞に「寒い」は使えないわけですから、「「寒い」は液体、固体の状態を表す形容詞としては使用できない」ということがまずわかります。 では「寒い」はどのような時に使うかと言うと、それは気温が低い、つまり空気の温度が低い状態を指すときです。空気というのは気体ですから、「寒い」は気体の状態を指すときに使えるといえます。実際、「今日は寒い」「寒い朝」などという場合に、「寒い」と形容している対象は「空気(気体)の温度」であり、何かの液体や固体ではありません。 以上のことから、「寒い」は液体や固体の状態を指す際には使えないが、気体の状態を指す際には使えるという意味で、「「寒い」はもっぱら気体にしか使えない」と言っています。 |
| p.65 | 学習目的調査と目標言語調査の違いについて教えていただけますか? いずれも、学習の目的、目標を把握するための調査と考えられますが、 その違いを具体的にご教示いただければ幸いです。 | 学習目的調査(ニーズ分析)と目標言語調査の違いについて、ご説明いたします。 まず学習目的調査(ニーズ分析)とは、学習者がどのような場面、どのような活動において、どの程度の言語的なスキルが必要とされているのかを調べることです。 具体的には、以下の項目が挙げられます。 ① 使用される場面 ② ①で求められているスキルや目的 ③ どのようなコミュニケーションの種類か (書き言葉、話しことば、フォーマル、インフォーマルなど) 以上のような調査を、コースデザインの前や途中で行い、シラバスやコースデザインに生かします。 目標言語調査は、どのような場面で、どのような活動をしているかというニーズ調査をしたうえで、その領域で(ニーズ領域)使用されている言語をさらに調査し分析することをいいます。 調査の具体的な観点は、 ①どのような語彙、文型を使っているか。 ②どの様な談話構造か。 ③どの様なところでコミュニケーションに失敗するか。 ④どの様なストラテジーをつかっているか。 などが挙げられ、このような調査をするにあたって、 使用されている言語を録音(場合によっては録画)調査、実地体験調査など、 現実の言語使用を収集することが重要になります。 つまり、学習目的調査(ニーズ分析)は質問中でご指摘の通り、「学習の目的、目標を把握するための調査」ですが、目標言語調査というのは「言語の使用実態を把握するための調査」です。 したがって、今回の問題でいえば、(1)は、受け入れ機関に出向き、録音する、 という作業を行い、「言語の使用実態」を調べるわけですので、目標言語調査にあたります。一方、(2)については、「前年度同じコースを修了した学生」に対するアンケートであり、また「どんなときに日本語をつかっているか。」という場面や目的に質問が限られているため、「学習の目的、目標を把握するための調査」、つまり学習目的調査(ニーズ分析)と考えられます。 |
| p.66、67 | 問題4【教室指導】 問1 選択肢のa~fの意味は、解説を読みよくわかりました。しかし、例文の①③④が、なぜそうなるのかすっきり理解できないので、お教えください。 よろしくお願いします。 | 問1 選択肢のa~fは第二言語習得研究に関連する用語で、この内容を主に扱っているのはテキスト「6 第二言語習得論」です。テキストの内容をもとに、ご質問の①③④を順に見ていきましょう。 ①について 過剰般化とは「一つの規則を別の規則を持つ語にも当てはまると考え、広く一般化してしまうこと」(テキスト6 p.19)です。 ①の3行目ダリアの発話「帰るつもり、つもります」のうち、ダリアは「帰るつもり」の後にどのような語が続くか迷っている(=「つもり」の品詞が明確ではない)ことが窺えます。その結果、ダリアは「つもる」という動詞のマス形「つもります」と発話しました。 これは、1行名でダリアが「帰りますか」と動詞「帰る」のマス形「帰ります」と発話した際の動詞活用の規則を3行目の「つもり」にも適用してしまったものと捉えることができます。以上のことから、この事例は過剰般化であると判断できるでしょう。 ③について 意味交渉については、『日本語教育能力検定試験に合格するための用語集』p.105【意味交渉】でわかりやすく説明されています。以下に引用します。 意味交渉とは、意味が理解できなかったり通じなかったりするなど、コミュニケーションがうまくいかなかったときに行われる、コミュニケーションを修復させるためのやりとりである。聞き返したり、言い換えてもらったり、意味を確認したり、自分の理解が正しいかどうかを確認したりするなどが含まれる。 ③では、ホセの1行目、3行目の発話内容はミナにとって理解が十分にできないことが4行目で窺えます。そのため、ミナはこれまでの会話で得られた情報を再整理してホセに4行目、6行目で「~という意味ですか」と確認を行っています。その結果、7行目でホセは「はい、はい、いいです。」とミナの確認にたいして肯定的に返答し、コミュニケーションが成立しています。このことから、ミナはホセに意味交渉を行ったと捉えることができます。 ④について 回避とは「語や表現がわからない場合、その語や表現の使用を避けて使用しない」(テキスト6 p.48)ことです。 ④の5行目でリタは「少しだけ、マッキントッシュ・コンピュータは、つかい?」と言いよどんだあと、英語で「I mean……でも、上手、上手ではありません。」と言いました。通常、「つかい?」のあとには「つかいます」や「つかえます」(あるいは「少ししか使えません」)が発話されると推測できます。しかし、リタはそれらの語を使わず、英語で「I mean」(日本語では「つまり」「私が言いたかったのは」)と頭の中で言葉を探してから、他の語(=「上手ではありません」)を使用しています。このことから、リタは不確かな表現の使用を回避したと捉えることができます。 |
| p.67 | 問題4の⑤ テュリストとは何のことですか? | 問題4⑤の会話に出てくる「テュリスト」ですが、これは、「ツーリスト(tourist)」つまり、観光客の意味です。会話において、「テュリスト」という単語を「あります」ではなく「います」で受けていることからおそらく「人」を表していることが推測でき、また「日本からトルコへ~行きます」といった「移動」に関する発話があることから、観光客を意味していることがわかります。 学習者はこちらが思ってもみない発音で色々な事柄を表現しますので、文脈などからある程度想像することも必要になってくるでしょう。 |
| p.67 | 問題4【教室指導】 問2 [A]の回答は、dということですが、よくわかりません。 | 「(国へ帰る)つもります」という誤用を何をポイントに指導すればよいかという問いですが、まず、これの正しい言い方は「(国へ帰る)つもりです」となります。 「つもり」は名詞、その中でも「形式名詞」と呼ばれる部類に入る名詞です。 形式名詞とは「花」、「本」のように実質的な意味をしっかりと持つ名詞(実質名詞)と違い、「私の趣味は映画を見る「こと」です。」「これから駅に向かう「ところ」です。」の「こと」「ところ」のように、実質的な意味が希薄で、必ず修飾節(「「映画を見る」こと」「「駅に向かう」ところ」)を伴わなければならない名詞を指します。形式名詞については、第11巻「日本語の文法ー応用」のp.46-47「第4節 形式名詞」で説明されていますので、確認してみてください。 さて、この形式名詞に分類される「つもり」ですが、これは名詞ですから、断定する際には「【形式名詞】+だ」という表現を使います。これは実質名詞において「これは花だ」「私は学生だ」のように「名詞+だ」を使うことと同じです。そしてこの「だ」を丁寧にいう場合には「名詞+です」となるわけです。 この学習者が「つもりです」を「つもります」としてしまったということは、「つもり」を「つもる」のような「動詞」と判断し、その「マス形」を作ってしまったことが原因と考えられます。この学習者は「つもり」の品詞認識を誤ってしまったわけです。そのため、この学習者には「つもり」が動詞ではないことをまず指導しなければなりません。そして、「つもり」が名詞、その中でも形式名詞であることを伝え、断定する場合には「だ」をつけることを指導しなければならないわけです。 |
| p.73 | 問題2 (2)の解答 d ウ について d 単純再生法とは穴埋め問題(空欄充当問題)のことですか? ウ 意味がよくわかりません。 主観的な問題とはどういう意味ですか? | 単純再生法は、完成法テストの一つです。 完成法テストとは、文の中の空所に適当な語彙や表現をいれて、 完全な意味のある文にする試験のことを言います。 このとき、空所は、出題者が「意図的」に作ります。 テスト(2)の場合は、助詞を意図的に空欄にした問題です。 完成法テストには、このテスト(2)(単純再生法)の他にも、 例えば 1)わたしは まいにち でんしゃ [a. に b. を c.で d.が] がっこうへ いきます。 のような多肢選択方式で出題する場合もあります。 また「短くても明白なものにしなければ、主観的な問題」という点ですが、 例えば助詞のように短いものでも、他の選択肢が可能な問題を 作ってしまうと、採点者の解釈の違いによって採点されてしまうこともあり、 その点を「主観的」と呼んでおります。 例えば、以下の例文で考えてみます。 例1)太郎(① )花子(② )チョコレートを もらった。 ①の助詞は、「は」か「が」が正解か、 ②の助詞は、「から」か「に」が正解か、 迷われたのではないでしょうか。 もちろん、どちらでもよいという明確な採点基準が あれば問題ありませんが、そのような採点基準が ない場合は、採点者の裁量にまかされ、 主観的な問題になってしまうのです。 ですから、何を問うのかを明確にし、正答が明白なものにする 必要があります。 |
| p.73 | 問題2 テスト(2) eクローズ法かと思ったのですが。 単純再生法とクローズ法の違いについてお教えください。 | 単純再生法は、空欄を埋めさせる形式で、助詞や接続詞等の文法知識の理解をみるために用いられることが多いです。 単純再生法のポイントは、意図的に助詞や指示詞など空欄にする箇所を決めらる点です。 一方、クローズ法はまとまりのある文章中の語を一定の間隔で抜いていき、その抜いた語を連想して記入させる形式です。 クローズ法のポイントは、空欄にする箇所が、例えば7語毎など間隔が決められている点です。 (テキスト22 p.45~46にはクローズ法を用いたテストの具体例が記載されていますので、あわせてご覧ください。) ですから、単純再生法もクローズ法も一見同じ空欄充当問題ではありますが、単純再生法は文法知識を測定する反面、クローズ法は文法知識とともに文字や語彙を含めた総合的な言語能力(例えば文構造の知識や結束性、文章の理解度など)を測るという点で両者の性質は異なります。 なお、クローズ法は、英語教育では用いられていますが、日本語教育では余り用いられておりません。といいますのも語彙の認定にさまざまな立場があり、機械的に語を数えるのが難しいということもあるようですし、自動的に空所を作っても、「何を測定するのか」が曖昧になるということもあるようです。 |
| p.75 | 問2 「3難民認定法が加えられた。」が不適当であるのは、難民認定法が加えられたのではなく難民認定法も改正されたからですか? | この法律は「出入国管理及び難民認定法」といいセットになっています。 制定されたのは昭和26年です。3は「難民認定法が加えられた」となっていますが、 「難民認定法」は前からあったのでこれは間違いです。 ご質問にありますように、改正はその後何回もなされています。 |
| p.93 | 女房詞とはなんのことですか。 | 女房詞は、「にょうぼうことば」と読みます。「室町初期ごろから、宮中奉仕の女官が主に衣食住に関する事物について用いた一種の隠語的な言葉。後に将軍家に仕える女性から、町家の女性にまで広がった」(広辞苑第四版より)言葉で、語の頭に「お」を付けて丁寧さを表したり、語の最後に「もじ(文字)」をつけて婉曲的に表現したりしました。例えば、浴衣を「ゆもじ」、寿司を「すもじ」水を「おひや」、味噌汁を「おつけ」、などがあります。また、「ひもじい」は、もともと「空腹だ」の意 味の「ひだるい」から最初の音をとって、「もじ」を付けた「ひもじ」(名詞)という言葉が使われていました。それが形容詞化したものが「ひもじい」です。 テキスト14巻135ページに、女房詞について説明がありますので、ご参照ください。 |